tamamurasaki’s diary

不登校、読書、福祉、思ったことなどを書いていきます。

毒父家族を読んで(2)

毒父家族のワークを通して気付いたこと。

<自分は真剣に物事に向き合っていない>

よく自分は「ありがとう」「すみません」「ごめんなさい」を言う。

だが、これらの言葉は嫌われたくないからなどの理由があると思う。例えば、「すみません」というのはたいして申し訳ないと考えていないのに発していることが多い。これは相手が不快な感情を持っていると感じた時、怒らせるような状況に巻き込まれたくない、とりあえず場を納めてしまいたい、などの感情がある。要は人の顔色ばかりうかがっていて、自分がどう考えているかというのが全くない。だから、いつもこの言葉が薄っぺらくなっているのだと思う。

こうした行動の原因をこの本に沿って考えると、親の顔色ばかりうかがってばかりいたことが原因だと思われる。

 

<責任を逃れようとする傾向が強い>

人から「使えない」「いい加減」とか思われたくないという気持ちが強い。そのためか、責任を負わなければならない立場で、失敗することを恐れている。そのため、他人がこう言っていた、他人がこう行動していたなどを気にしている。そうして、周りに合わせる行動に陥りがちだ。それは周囲がやっていることをやることで自分だけが批判されるのを恐れている。これは仕事では非常に困る。特に、立場を持つと自ずと責任が発生し、批判を受ける立場になる。この他人の顔色をうかがう姿勢は改めなければならない。

 

<依存している自分の背景は?>

以前から、ネットに依存していることが多い。最近はスマホなどでアニメやネットの記事を読みふけったり、コメントを書き込んでいたりする時間が長い。

この行動の理由を今まで考えたことがあまりなかった。たいてい、アニメを見ている理由は登場人物の会話などで面白い話などに見入っていたり、笑えるシーン、かっこいいシーン、感動するシーンなどそういうところに興味を持っている。こうしたことは人間関係の中でも生じることで、アニメや映画はそうした人間関係の特に面白いところや重要なところを強調して描いていることが多い。

つまり、私は人間の会話、しぐさ、思いなどに興味がある。そうしたことは何もアニメや映画だけでなく、現実の人と人との会話の中でも得られるものだ。私はもっと他人と会話を増やせれば自分の欲求は満たされていくと思う。